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(72)席とり

猫のロマ(本名 ロマーリオ)は、猫なので自分の気分のままに行動している。なので、ストーブのある居間から出たり入ったりするのが常である。その度にロマは背伸びをして取っ手を右足で触りニャ~~~と鳴いて「開けて~」と私たちを使う。

用事を済ませてやっとストーブの前に座った時に、戸をはさんで廊下側から「ニャ~~~」と言われると、エ~~と思う。ロマは可愛いけれど、我が身のほうが もっとかわいい。ストーブの前から動けるはずもない。「好き勝手に行動してるんだから しばらく待っとり」と私は言う。

すると最近猫好きになった貧乏人のおぼっちゃんが、酒を飲んでいてもスッと立ち上がりロマの為に戸を開ける。「いつでも何でも言ってよ」とロマに言いながら。

私はすかさず、ロマに「嘘じょ、信用したら あかんじょ」って付け加える。ロマはそんなこと知ってるとばかり、また ニャ~と鳴く。そして居間に入ったロマは誰が居ようとストーブに1番近い位置を確保しにかかる。

毎朝 子どもが学校に出掛けた後に、おぼっちゃんはストーブの前にやっと座れる。なのに、新聞をとるため座布団を離れた一瞬にロマに場所をとられる。

おぼっちゃんは、ロマに「恩知らずなヤツだ」と言った。

やっぱりね、「いつでも何でも言ってよ」は嘘だったね、ロマ。cat

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(71)めだまやき

貧乏人のおぼっちゃんが、朝、めずらしく目玉焼きを焼いた。

卵の殻をゴミ箱に捨てたので、「え~っ」と私が言った。

「えっっ、ゴミ箱に捨てたら いかんのえ?」と言うので、私は、

「あったりまえでぇ。ゴミ袋が有料になってから私がどんなに考えてゴミを出さないように工夫してるかわからんの? 卵の殻は、肥料になるから庭に捨ててって 前も言ったでぇ。何回言うても わからんのやなぁ・・・あ~~~ぁ」

「ゴミ箱のも 拾わなあかん?」

「当然」と私。

ゴミ箱から殻を拾うと思っていたが、おぼっちゃんは、大きなゴミ箱本体を持って庭へ出て行った。あいかわらず想定外の行動をする。

卵を焼き終わってフライパンを洗う時、油がついたままのフライパンを水で流していた。

言うのを辞めようかとも思ったけど、言わないとわからないし流し台のパイプが詰まると嫌なので、

「油物は、いらない紙で拭きとってから、洗剤で洗ってって、いつも言ようだろ」と私。

おぼっちゃんは、「そうかなあと思ったんやけどなぁ、失敗やなぁ。けど育てがいがあるだろう?」と言う。

「あるわけないでぇ。いい加減にしてほしいわ」

おぼっちゃんは、へこたれず、

「一生懸命しようし、気は使いよんやけどなぁ。」と言う。

小さいことなんだけど毎日毎日こんな状態だから、私は言わずにはいられなくなっている。

「気は使わんでいいから 頭使い」と投げやりに言った。

おぼっちゃんの返事は、

「いつでも ええつっこみするなあ。」だった。

反省のかけらも見あたらない・・・

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(70)ちょうだい

貧乏人のおぼっちゃんが私に、

「うわぁ、ほれ、おいしそうやなぁ。ビールのあてに丁度いいなぁ。欲しいなあ」と言う。

何を言ってるのか理解できない私は、「なに?」と聞いた。

「その袋、おいしそうでぇ」とまた おぼっちゃんが言う。

おぼっちゃんは私が手に持っている袋を見て、言っているらしい。

「えっ?」

袋にはクロの晩御飯の骨付きジャーキーが入っている。

私はおぼっちゃんに あげてもいいけど、クロが許さないと思うよ。

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ジャーキーをくれと本気で言ってるのか冗談で言ってるのかおぼっちゃんの真意が私には、はかりかねる。普段が普段だけにね。

問題は年をとった時で、ボケたかボケてないかの境の判断が非常に難しいということだ。

ハァ~~~

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(69)けーたい

下の子どもが高校生になるので、携帯電話を持たすのは嫌だが仕方なく買うことになった。(嫌な理由は、電磁波が出て人の体に何らかの影響を与えることとと渡り鳥たちが電磁波のせいで方向感覚を失うことそして使用する人のマナーの悪さ等である)

契約をした時に本人より、上の子どもが「これで私のケータイに家族が出来た。やっと家族割り引きが使える」と喜んだのが おかしかった。今まで私の家ではケータイ電話は その子ども1人しか持っていなかったので。

新しいケータイを大事に大事に扱う子どもを見て、貧乏人のおぼっちゃんは「昔 テレビが家庭に初めて来た時みたいやなあ。あの時 テレビはカバーが掛けられ正座して見てたなぁ」と言った。

まさに そうである。指紋がついて汚れるからと使用する時はケータイをハンドタオルで覆って持ち 使用しない時はハンドタオルに くるんで置いている。まるで生まれたての赤ちゃんのような扱いである。おぼっちゃんは、触らせても もらえない。私は1度持たせてくれたが、もちろんタオルと共にで、耳に触るなと言う。これでは話していても落ち着かず肩が凝ってしまった。

おぼっちゃんは、ケータイって 便利なんかなあ、どうやって使うんだろうなあと言う。電子レンジが昨年初めて家に来たことを思えば、当然のことだろう。2台目のケータイ登場は、まだ早いくらいである。

ケータイは今日も大切に火鉢の近くで、ハンドタオルに くるまれてご主人様の帰りを待っている。

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(68)いたむ

日曜日、私は普段と変わらず早く起きて家事をする。貧乏人のおぼっちゃんは、ゆっくり起きてきて自分のことだけをする。猫が日なたぼっこをしていたら、その横にすわり本を読んでいる。時々猫を見ては「いいなあ、猫は。のんびりして」と声に出す。

あんたもおんなじだろうと私は声に出さずに思う。猫のまぁるく寝てる姿は、私を癒すがおぼっちゃんの横になった姿は 言わずとしれた・・・・

「いいなぁ、自分のことだけ して。楽しいわなぁ。外出してても ごはんができた時には、きっちり帰ってくるしなぁ。」と意地悪るのひとつも言いたくなる私。

おぼっちゃんは気にも留めず「褒めてくれて ありがとう」と返す。

おぼっちゃんは ここ2~3日、訳ありで私の友人に薦められた直木賞受賞の「悼む人」を読んでいる。暗くて重くて長い、オレには合わんなぁと言いながら・・・・

もちろん、おぼっちゃんのキャラには私も合わないと思っている。でもたまには、そういうのを読むのも勉強になるかなあと思うのだが、「悼む人」のページが進むにつれて、読んでいるおぼっちゃんが 傷んできているように思われる。

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(67)法則

貧乏人のおぼっちゃんは、本当にマイペースで生きている。景気が良くても悪くても、私や子どもがどんなに忙しく動き回っていようが いまいが全然左右されない。というか、気付きもしない。

私は何となく子どもの理科の本をみていた。そして「慣性の法則」に目がとまった。

物体がその運動の状態を続けようとする性質慣性といいます。この性質は質量が大きいほど大きいです。

これって、おぼっちゃんのことだと私は思った。

おぼっちゃんが自己中心的な考え方と行動を続けて、年齢を重ねるほどにパワーアップしている。

まさに生きた慣性の法則だと思う。

これでは、太刀打ちできないなぁぁ・・・

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(66)お葬式

私は最近、家族葬について調べている。特定の宗教を持たない私は葬式仏教に多くの疑問を持っている。たとえば何故死んだら戒名をつけないといけないのだろうか? 生まれてきた時も自分で好きな名前をつけられなかった。それでも幸せになるようにと両親が一生懸命考えてつけてくれたのだからと思うと許せる。しかし戒名は親しくもないお坊さんが決める。それも金額によって位が違うとか・・・最低の位で30万円が相場らしい。人は法のもとに平等であるというのは、どうも死者には通用しないようだ。無宗教の私にとって、 お金をかけて行う葬式は全く価値のないこと。だから私は、貧乏人らしく子どもたちに迷惑をかけないよう最低限の家族葬をしようと情報を集めているところだ。

私同様、貧乏人のおぼっちゃんも宗教や式関係が嫌いである。思い起こせば、私が相手に求める結婚の条件は、気が長いことと結婚式、葬式をしないこと、この2点であった。この点を見事クリアしていたおぼっちゃんと(気が長いことにおいては、私の考えが相当 甘かったと気付かされることになったが weep)私は、子どもたちが小さい頃から葬式はするなと言い続けてきた。灰になったら、どこでも撒いていいからと。

言い続けてきた甲斐があったのか、最近おぼっちゃんは、下の子どもに言われたそうだ。

「おっさん、死ぬんだったら私の知らん遠い所で死んでよ。迎えに行かんでもいい遠いところでな」

おぼっちゃんは、「それなら外国へ旅に出れるなぁ、年をとるのも楽しみやなあ」と呟いていた。死を考えるにおいても ポジティブである。

あらっと私は思った。外国へ旅するお金と葬式を出すお金と・・・どちらが多く要るのだろうかと。

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(65)消しゴム

貧乏人のおぼっちゃんが、晩御飯を作る時に、「天ぷらを揚げるのに使うのは強力粉薄力粉どっち?」と聞いた。

「え~、またぁ。この間 強力粉薄力粉の違い 教えたけど?」と私が言うと、

「忘れた。オレの頭の中には消しゴムがあるんよ。その消しゴムは すごく強力でよく消えるけんなぁ」だって。

あきれた下の子どもは「頭の中に、消しゴムよりまず鉛筆がないとな。覚えるんは無理だろ、ハハハ」

私は、最初から入ってないものに鉛筆も消しゴムも関係ないと思うんだけどねぇ・・・?

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(64)べんりや

夕方、貧乏人のおぼっちゃんは いつもテレビを見ながら店番をしている。そして配達から帰った私にタイムリーなニュースを伝えてくれる。けれど相変わらず、おぼっちゃんは、おおまかなことしかおぼえていないので、私には何のニュースか分からないことのほうが多い。はっきり言って時間の無駄である。しかし、珍しく今日は、おぼっちゃんの話すニュースの内容がわかった。それは「便利屋」についてだった。

「猫が3階から2階に落ちたので、梯子を持って助けに来てほしい」とか、「草抜き、掃除をしてほしい」とか。変わったところでは、「一緒にカラオケに行って歌ってほしい」とか「PTAにだす原稿を考えて書いてほしい」とかだった。そして、その番組を見ながら、おぼっちゃんは即、思ったそうだ。私が便利屋をすればいいと。私とは、ブログを書いている私。決しておぼっちゃん本人のことでは、ない。

放送されている便利屋の内容は、いつも私が友人やおぼっちゃんにしていることだから、本業の看板の横に「便利屋」の看板を出したらと絶対イケると、おぼっちゃんは おっしゃる。確かに私は猫も助けたし、友人が旅行に行ったときは、猫や犬の散歩や餌やりもしている。(最高2週間預かったこともある。)庭の草抜きや倉庫の整理も手伝った。他人の子供の夏休みの自由研究や奨学金をもらう作文も書いている。法務局に一緒に行って登記の手伝いもした。会計帳簿の書き方も教えた。葬式の見積もりもしたし、学校の国際交流の授業に外国人を派遣したこともある。引越しはお手のものである。こうやって思い出してみると、自分でも結構、人に頼まれたことを こなしているなあと思う。(おぼっちゃんは頼まれごとを次々とこなしていく私をどらえもんのポケットと呼んでいる)

しかし、ここで おぼっちゃんの言うとおり看板なんてあげたり私は、しないよ。私は、おぼっちゃん本人に しっかりと働いてもらいたいと思っているからねぇ。

でもせっかくだから便利屋第1号の仕事として おぼっちゃんの派遣先を見つけてこようかなぁぁぁ

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(63)偉い

下の子どもが毎週木曜日、英語の先生に家に来てもらって英会話を習っている。英語の先生を誰よりも待っているのが犬のクロである。先生の「こんにちわ~」という声を聞くと、ちぎれるかと思うぐらい尻尾を振って、先生が見える窓際にジャンプする。

しかし時々、レッスンがお休みの時がある。その時でもクロは、英会話の時間になると早めに犬小屋から出てきて、窓際の定位置に座っている。

貧乏人のおぼっちゃんは、クロを見て しみじみ言う。

「クロ 偉いなあ。何で1週間に1回の今日が木曜日ってわかるんだろう? オレより賢いなあ。」

そうよねぇ・・・おぼっちゃんは、「今日は何曜日え?」って私によく尋ねるもんね。

おぼっちゃんのこと、1度クロに相談してみようかな? dog

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(62)反省会

前期筆記試験が終わって、晩御飯の時に反省会。

まずは国語。

「四字熟語で出たよ。 付和雷同 朝令暮改 一日千秋 」と子ども。

「何な? それ。」と貧乏人のおぼっちゃん。

「昨日 してたやつよ。プリント見て、言ってみ。」とおぼっちゃんにプリントを渡したが、読めないおぼっちゃん。「頭が痛い めまい してきたわぁ」

「ほんなん言わんと これ何て読むか? 東奔西走」

「えっ? わからんなあ。トウホウシンキか?」

happy01 爆笑である。「それは、韓国の歌のグループの名前だろ。東方神起」

この後も漢詩の問題をおぼっちゃんに出してみるが、「カンシって何? こんなん見たこともないわ。オレの時代には習ってない」 と言う。

おまけに対義語も答えられず子どもは、私に「どしてこんな簡単な問題 わからん人と結婚したん? こんなんが趣味え?」と質問してきた。

私が答えるより先に、おぼっちゃんが「ジャニーズ系よ」と答えた。

なんと あつかましい・・・annoy

次に英語。

英文を読んでいたら、「もう、あかん。頭がガンガンしてきたわ」とさっきと同じ手のおぼっちゃん。

英文は、エドガー・アラン・ポーやコナンドイルや横溝正史とルパンⅢ世や名探偵コナンや金田一少年の関係を書いてある面白い問題だった。

子どもは、おぼっちゃんに「野村胡堂って知ってる?」と聞いた。「知ってる」とのこと。「ほな、金田一京助とと野村胡堂は親友同士だったんえ?」と聞くと「ほれは、聞いてない。」と言う。「聞いてないって、誰から?」との問いには「野村君から」 へっ? 子どもはこれ以上おぼっちゃんに質問するのを やめた。

私たちの会話に厭きれてか猫のロマは、ピアノの下に小物を入れたり出したりして遊んでいた。最後には出すことが出来なくなって諦めた様子だった。

おぼっちゃんが「それぐらい 出してこれんかったら、猫として恥ずかしいぞぉ」とロマに言った。

それを聞いて 子どもと私が同時に、おぼっちゃんに向かって言った。

   「簡単な漢字や単語知らん あんたのほうが、人として恥ずかしいでぇ」

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(61)前夜

前期高校入試の前夜、晩御飯を食べながら子どもが「全然緊張せんなぁ・・・おっさんの血が きとうけん全然真剣にならんなぁ。 いけるわなぁ。」と言った。

何を思ったか貧乏人のおぼっちゃん突然「take it easy~~~~」と歌いはじめた。すると子どもも「Que sera sera, Whatever Will Be, Will Be ,  なるようになる~~~~」と負けずに歌いだす。かなりポジティブな2人である。

歌の次は、四字熟語が始まった。

「自由奔放」「一喜一憂」「誇大妄想」「大言壮語」「朝令暮改」

「付和雷同・・明確な考えがなく、軽々しく他人の説に同意すること。

って まるでおっさんのこと あらわしとうなぁ。アハハハハ」

2人の楽しい晩餐会が続く。

やってられない私は猫と避難することにした。cat

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(60)確定申告

確定申告の時期が来た。貧乏人のおぼっちゃん宛に税務署から書類が送られてくる。

「確定申告の郵便が来たよ~。おたくの名前で 来とうよ。」何度も私は おぼっちゃんに言ってやる。おぼっちゃんは、無言である。税金や帳簿に関しては、完璧に避けて通ろうとする。

おぼっちゃんに帳簿ができるとは、これっぽちも思わないが、「教えてあげるから、やろう」と誘ってみる。

おぼっちゃん:「ほれだけは、できんわ」

私:「やってみな、わからんだろう」

おぼっちゃん:「できん」

私:「誰にでも できるんじょ」

おぼっちゃん:「いや、時間の無駄だ」

挙句の果てに「今は忙しい、また、いつか」と逃げていく。

面白いので、しつこく「宛名の人が するべきだろう」と私が言ったら、

「もうオレの時代は、終わった。オレを飛ばして子どもに教えといてくれ」だって。

私:「え~子どもは関係無いでぇ。あんたの店だろう。」

おぼっちゃん:「もう、いい。帳簿する人に 店あげる」

妙に我の強いおぼっちゃんである。bleah

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(59)鍋敷き

お鍋に入ったできたてのおかずを食卓に並べるのに、鍋敷きが足りなかった。貧乏人のおぼっちゃんが、これを鍋敷きに使おうと自分の部屋から木の切れっぱしを持ってきた。

普通 鍋敷きだったら高さは1cmぐらいでしょう・・・なのに、おぼっちゃんが持ってきたのは、縦10cm横15cmで何と高さは5cmもある。

お鍋を置いたら揺れて揺れて。

下の子どもが「この鍋敷きに置いたら フラフラしとうなぁ。ハハハ おっさんとおんなじ」

上手い!!scissors

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(58)幸せ

貧乏人のおぼっちゃんの私に対する口癖は「幸せに気付いて いないなあ」である。

どこをどうとって私が幸せだと言いきれるのだろうか?

「はぁ?」と聞いてみると、

「スポーツもできる、絵も描ける、こんな優しい立派なダンナさんに恵まれて、家もある、土地もある、仕事もある。小さいことにブツブツ言わんと幸せに気付きよぉ」だって。

スポーツもできる、絵も描ける、こんな優しい立派なダンナ・・・何を寝ぼけたことを言っているのだろう。単に自分の趣味に生き、自分のことを考えているだけじゃない。

確かに家も土地もあるよ・・・でも田舎のね。

おっしゃる仕事もあるわね・・・けど食べるのが やっとの自転車操業の店。(この間 支払いに私が困っていたら おぼっちゃん自身が「あらっ!こけたなあ」と言うから「何が?」って聞いたら「自転車操業の自転車が。ハハハ」と笑ったくせに)

おまけに、小さいことにブツブツ言わんと幸せに・・・何ですって? ゴミの日を知らん。トイレや風呂の掃除もしたことが無い。店にゴミが飛んできても また そのうちどこかに飛んでいくだろうと拾いもしない。腰が海老の様になりながら畑で野菜を作ってるのに、おいしいなあと食べるだけ。配達、学校、病院、親戚と外回りは全部いつの間にか私の仕事・・・そうそう電話に出るのも、重い灯油を買いに行くのも私だetc.

これで どうやって私が幸せだと気付けるわけ?

「幸せに気付いていない」と言われるたびに ムカムカしてくる私である。

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(57)おそろしい

子どもに、「あれ、できた?」「ごみ。捨てた?」「言ってあった○○してくれた?」と言って、返ってくるのは「今からしようと思ってた」とか「これから するところ」。

まったくぅ・・・貧乏人のおぼっちゃんと同じセリフが返ってくる。不思議なことに、おぼっちゃんが言った言葉を絶対に子どもは聞いていないのに、そのまんまの言葉を発することがある。これには、おぼっちゃん自身も「おっそろしいなぁ~。遺伝子には言葉までも組み込まれているのか!」というほどだ。

言葉だけならまだいいが、怖いのは先代からの病気の遺伝子もいっぱいあること。おぼっちゃんの親が病院に行って病歴を書かされたり聞かれたりしても おぼっちゃんは何一つ答えることが できない。当たり前である。自分の子どもの生年月日も言えないんだから。これで、スラスラ答えられたら私はブチキレルだろう。

病歴は高血圧、糖尿病、胃潰瘍、肺がん、皮膚がん、子宮がん、肝臓の病気、アルツハイマー、脳腫瘍・・・こんなものだったかなぁ?

かくして 子供は「ほんまにボロの遺伝子やなあ」と言う。

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(56)鯖

私が晩御飯の支度をしていると、貧乏人のおぼっちゃんが「鯖でも焼こうか?食べる?」と言った。

私は、「ハァ~~gawk・・・・・ご自分が食べたければ どうぞ焼いてください」と ちょっと嫌味に答えた。ら、「あっ」と、おぼっちゃん。

そう、私は、鯖が食べれない。このことは30年位前から おぼっちゃんに言い続けている。なのに平気でこんなふうに聞いてくる。信じられない・・・この人の耳は、ちゃんと耳の仕事をしているのだろうか?

無関心にもほどがある。未だに子供たちの誕生日も干支も覚えようとしない。

子ども:「私、 なにどしか?」

おぼっちゃん:「え~っと、牛!」

子ども:「ちがう。うさぎ やもん」

おぼっちゃん:「惜しいなぁ、『う』が同じで かすっとんでぇ」

子供を育てて20年以上もたつというのに・・・こんな状態である。

でもこれ以上に この間は呆れたことがあった。徳島に住むブータン王国の友人の家に、おぼっちゃん以外私たち3人と友人で遊びに出かけた。楽しい時間を過ごし、みんなで写真を撮った。家に帰ってその写真をおぼっちゃんに見せた時のこと。

私が、「真ん中がブータンのシゲさん」と教えると、おぼっちゃんは「フーン、オレとおんなじ名前でぇ、やっぱり良い人そうやなぁ。その隣がシゲさんの子供で、後ろが友達で、こっちはシゲさんの奥さんやなぁ」と自信をもって言った。

「へっ!?」と同時に下の子どもが「ほれは、姉ちゃんでぇ。」

ついに おぼっちゃん、自分の娘の顔までわからんようになってしまったようだ。shock

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